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2010年01月27日

馬は人を見ない


「馬頭」(2009年 若山卓)

馬は人を差別しない。人を人としか見ない。個人識別をしない。
(それに対して例えば犬は、人をあからさまに差別する。)
馬のこの性質は障害者乗馬やセラピーに非常な効果をあげる。
これも馬の会で最初の馬講習会で講師の寄田さんが話された言葉だ。

「馬は人を見る」と言う人もいる。普段から可愛がっている自分の言うことは聞かないのに、ときどきしか来ないけど馬の扱いによく慣れている人の言うことを聞くから、という理由。
でもたぶんその慣れている人が、その普段から可愛がっている人と同じ態度、同じ姿勢、同じ気持ちで馬に接したら馬は言うことを聞かないだろう。逆にその可愛がっている人が慣れている人と同じ態度、姿勢、気持ちで接すれば、馬は言うことを聞くはずだ。
「馬は人を見る」は大きな誤解で、「馬は人を見ない」のだとぼくは信じている。
ただし彼ら馬たちは、私たちの態度や姿勢や気持ちを非常によく見ている。

私たち人間は自分自身の態度や姿勢や気持ちすら見えていないことが多い。
だから馬と接すると、自分が気付いていない自分に気付かされることがある。

たった独りで、森のなかを歩いているとやはり似たような経験をすることがある


神流馬の会 ブログ
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Posted by waka at 08:34Comments(0)TrackBack(0)

2010年01月27日

契約



馬と人との関係を説明するときに寄田さんが使われていた「契約」ということばの意味を、ぼくなりに考えはじめたのがちょうど一年前だった。
そのときは馬運車に乗せるために苦労したのがきっかけだった。
初めての馬に鞍をつけるとき、いきなり背中につけるのではなくまずは地面に鞍を置き確認してもらう。背に鞍をつけてびっくりして振りほどこうと走り回ってしまうのも当然「契約」の一段階としてまずは受け容れる。もういちど信頼関係を確かめることからやり直す・・・。馬と一緒に段階を経る。
契約無しに要求ばかりしてもうまくいかないのは常識であるという考え方。

ミノは体は大きいくせに妙に臆病で優柔不断なところがある(なんかぼくみたい・・・)。水を噴出すゴムホースを見ただけで、遠くへ逃げたり。
しかしそれ以前に、今回の場合はあまりに「契約」を省略し過ぎたのだと思う。ただそれだけのこと。
くるみ小屋から笹の束を持ち帰ろうと鞍の後ろに付けてみたのだけれど、ミノは歩き出すと背中でがさがさ音を立てる得体の知れない「なにか」にびびってしまい、まともに歩けなくて、結局すぐに束を外した。
がさがさ音を立てる枝葉の束、そしてゴムホースなど、別に怖がる必要はないのだということを、こんどゆっくり確認してもらい、契約を結びたい。

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Posted by waka at 08:09Comments(0)TrackBack(0)

2010年01月04日

カラスの沐浴


友人で物書きの中村珠央さんが送ってくれた写真。
あまりに美しいので載せさせていただいた。
代々木公園とのことで、場所柄いずれもブトのようである。

なんだかバラナシのガンジス河畔で沐浴する人々を思い出した、、とは大袈裟か。

今年の初カラスは2日阿久原牧そばに借りている畑で竹を刈っていたときだった。近くに住んでるらしい、しゃべるような多彩な鳴き方をする(たぶん)ボソ。ゴロゴロゴロロロとか、カポッカポッカポッとか言う。
翌3日、母を連れて太田部の故小林ムツさんち訪問時、たぶんボソ。柿をくわえたまま上昇気流を上手に使って旋回上昇していく飛行は見事だった。
そのあと初詣した城峯神社のカラス(たぶんブト)のつがいはぼくの交歓を求める鳴きマネに応えてくれて、というよりもたぶん単なる好奇心と警戒をあらわにずっと頭上を旋回していた。驚かせてしまいごめん、でもぼくは友だちになりたいんだ。
城峯神社は杉並木が秀逸。西側の、両神山や甲武信岳方面の展望がすばらしかった。

 
陶のカラス 昨秋の千秋窯にて


(ひさびさにブログタイトルらしい記事が書けた。うれしい)  

Posted by waka at 23:44Comments(0)TrackBack(0)日記