2008年07月28日

『北極カラスの物語』


『北極カラスの物語』
講談社文庫
C.W. ニコル, 森 洋子訳
を読んだ。


カラス、キツネ、オオカミ、北極圏に生きる動物達が、それぞれ
にそれぞれの言葉で物語る。

生きている彼ら動物達が自分の口を以って語る点は、佐藤幸子
『ジーンとともに』や、あるいは中勘助『鳥の物語』を思わせる、
ぼくの好きなスタイルだ。
しかしここでのそれぞれは、同じ季節同じ瞬間に生きており、
互いを目撃し、関係を結び、時には両者が一つの体となる(食う
食われる)こともあるから、全体が一つの大きな物語になってい
る点は大きな違いだ。

冒険と空腹の後に来るラストの饗宴、そしてエンディングに読者
の想像を掻き立てるような希望を含んだ別れが用意されるという、
これも古典的な物語の一定型を思わせる。
この古典的定型のその起源は、おそらく子どもの頃に誰もが過
ごしたようなある楽しい一日の
流れにあるから、かつて子どもだった人のみんなが、いつでも懐
かしく感じる普遍的な魅力があるのだろう。
あるいはもっと深いところに眠る、原始時代の人類の記憶であろ
うか。

物語全体を一つにまとめようとしているような
(「まとめている」のではなく「まとめようとしている」かんじなのだ)
語り部的な存在である老ガラスの語り口も、どこかおかしみがあり、
好感にあふれる。

屈託無く、生き生きと己を生きている彼らが物語る言葉は、無駄が
無く、いつも輝かしくいつも
愛すべきものに思えた。自分も生ける物としてこうありたいな、と思
う。
そして一方、頭のなかだけの思想、正しいか正しくないかなどとい
う学校的な価値観や人間社会の倫理観がいかにくだらない無味乾
燥なものかと、顧みるのだ。

食うということ、命を食らいその力を得て自分の命をつなぐという至
極真っ当な感覚も忘れたくないと思う。


ぼくがこうしたレビューを書く本には、これまで義姉の薦めで読んだ
ものが多いけれど、この本も同じくである。
C.W.ニコルの本はもともと好きだけど、その中でも一番好
きな作品になった。
(もちろん「カラスの出てくる本」ということが外せないポイントであっ
たことは言うまでも無い。カラスを扱う物語としても最も好ましい作
品の一つになった)


(ミクシィのレビューに同じ)

この記事へのトラックバックURL

http://wakayamataku.gunmablog.net/t17189
※このエントリーではブログ管理者の設定により、ブログ管理者に承認されるまでコメントは反映されません
認証文字を入力してください