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2009年06月28日

展覧会期を終えて


(作品部分)

昨日は山奥の新しい農場で、屋根の野地板張りとルーフィング張りで
一日中屋根の上で、激しく疲れてしまい、今日予定していた畑仕事は
又延期。身体を休ませて、家で先日終えた展覧会を振り返っている。
午後は馬に癒されに行こう。

09現代リアリズム展を終えて。
21日に展覧会場で行われた美術フォーラムのパネリストとして話したこ
と、考えたこと、そのメモ。
以下は自分自身が顧みるための箇条書きで、このブログを読んで下さっ
ている方には、失礼だけど。

・今回の展覧会に参加するまでの経緯と自己紹介。

・樵の仕事と絵の仕事とについて。両者が自分の中では「同じベクト
ルを向いている」意味。

・今回の作品について。メモを見ないと話しが出来ないということにつ
いての見解。完成度のはなし。

・テーマは馬の歩様。馬を描くことに至った経緯。正確さ、筋肉や骨
格のような理屈のようなことから、線や形の美しさへと興味が変容
していくことについて。
・いつも「形の美」一辺倒になっていく自分の性癖への警告。美への
疑問。

・今回の作品で特に考えていたこと、余白、和紙の肌合いの美しさを
活かしたい。素材へのこだわり。
・表現と技術(保存)。作品の作品としての寿命について、物作りと
いう意識。日本の風土が育んだ日本画素材とその技法への信頼。

・画面の大きさについて。美術館でしか成立しない表現。美術を作る
側(見せる側)の傲慢、怠慢、不親切について。媚びるのと歩み寄
るのとは違う(あたりまえの人間としての関係、社会性)。
・展覧会という仕組みそのものへの疑問。
・大量消費社会に流されて、展示の一時だけよければよい、あとは
粗大ゴミか、はたまた実家の一部屋を置き場として埋めてしまうか、
物を作り出す者の姿勢としてあまりに無神経だった自分の話。

・「表現と技術」は「作家と職人」のような相反するものではなく、高
いレベルでバランスをとりたいもの。作品とは作家一人ではなく
(時間や空間を越えて)周囲の人々が共同で作り上げるという意識。

・(馬の絵について、表現の簡略簡素化は現代美術的・現代的だと
いう聴者側からの指摘に対して)「俳句」の話。

・山村で出会う生活の中の調和美。

・美意識の形成は風土と歴史、経験による。
・『風姿花伝』における「花」を「美」と捉えて読む。

・愛すべき日常のための、非日常たる美術を愛するという根本。

以上

ああ、馬に会いたい。


(作品部分)





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