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<title>カラスときこり</title>
<link>http://wakayamataku.gunmablog.net</link>
<description>絵描きできこりの私が感じたこと、考えたこと</description>
<language>ja</language>
<pubDate>Fri, 11 Jul 2008 02:06:53 +0900</pubDate>
<lastBuildDate>Thu, 28 Aug 2008 09:24:17 +0900</lastBuildDate>
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<title>明日窯出し</title>
<description>明日は窯出し。きこりのスケジュール次第と思っていたけど、参加できそうだ。今回の窯は目標の目安としている最高温度1200℃に達しない過去最低の最高温度（1180くらい？）だった。ただし、普通三日間のところ約五日間をかけて「例え瞬間温度は低くとも、総カロリーで焼き上げる」という考え方でここ数回は焚いている。こうしていつも窯出し前に窯の外でいろいろに予想して期待したり心配したりするわけだけど、とにかく、物を見るまでは結果は全く全くわからないのがこの千秋窯である。今回、ぼくの作品は少なくて茶碗やぐい飲みなど10点ほどしかない。どうだろうか。</description>
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<pubDate>Thu, 30 Oct 2008 19:41:14 +0900</pubDate>

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<title>イチョウ</title>
<description>先週京都の鞍馬寺に行った。火祭りの翌朝だった。ぼくは火祭りとは厳冬の頃だと勝手に思い込んでおり、その翌朝訪れたのは偶然だった。小降りの雨の中、門前の通りは夢から覚めた後のように、前夜の興奮と、同時に疲れとけだるさを含んだ、しかし一方、晴れ晴れとさっぱりした清らかな空気であった。しっとりと濡れそぼった町並みのそこらじゅうで消防団が松明や焚き火跡の炭を防火用水のホースを引き回してきれいに洗い流す様子や、濡れた炭の立てる湯気の匂いが、とても良い雰囲気だった。大仏次郎の『鞍馬天狗・鞍馬の火祭り』の圧倒的に美しく印象深いそのラストシーンを思い出す。小説の中で描写された祭りの様子を回想しながら参道を登った。火祭りは鞍馬寺の中腹にある由枝神社の祭り。三本の巨大な大杉がそびえる社。山全体が神代からの森を思わせる豊かな原生林である。つづら折れの参道から見えた森の中の巨大な一本のイチョウが印象的だった。昨日は窯主の描く舞台美術の搬出搬入の手伝いで草月ホール。昼間の空き時間に鎌倉の県立近代美術館で行われている岡村桂三郎展へ。そして鶴岡八幡宮にお参りした。平日にもかかわらず鎌倉はすごい人出だった。今回窯主の作った巨大なオブジェはこの鶴岡八幡宮の大イチョウを表現した物で、今回の公演ではこの樹下で静御前が舞うと、この朝はじめて聞いたので、不思議な気分だった。（フラメンコの公演にもいろいろなものがある。ちなみにすばらしかった！）義経若かりし日に修行したという鞍馬寺から、鎌倉、草月ホールとがつながった。一昨昨日安中でやはり胸高直径70センチはあろうかという立派なイチョウを２本伐倒した。植物というのは同種間では離れていても一体感のようなものがあるのかもしれない。</description>
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<pubDate>Thu, 30 Oct 2008 19:39:43 +0900</pubDate>

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<title>上毛の記事</title>
<description>  先日ブログで少し触れた記事。9月29日月曜の上毛新聞朝刊掲載の「旬の人」で紹介してくださいました。 まだまだ未熟、とても「旬」ではないけれど。 数寄和ホームページ　作家紹介のページhttp://www.sukiwa.net/artworks/news/2006/wakayama.html9月はきこりで忙しかった。遠出も多かった。 暗いうちに出発し、夜も暗くなって帰るようなハードな時間割が多 かった。 東京の目白では雨の中枝下ろしをした。 連日の空中作業で非常にきついこともあったけれど、いくつかつかん だものがあって、空師のよい修行にはなった。 疲れた。かなり疲れがたまってきていると思う。 けどそれでも、朝、地下足袋を履くと体も、心までもシャンとするのは 地下足袋のすごいところ。でも疲れている。 馬のこともあった。 今日は久々に一日高崎の自宅で過ごすことが出来る。掃除や洗濯、家 のことをしたい。 そして、陶芸の窯焚きが今月半ばに予定されているので、そのための 作品をいくらか作りたい。 昨日薪を窯に運んだ際、大好きな花に出会った。</description>
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<pubDate>Fri, 03 Oct 2008 10:53:44 +0900</pubDate>

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<title>馬の会に復帰</title>
<description>馬の会にも復帰。離れていたここ数ヶ月間に、会にもいろんな変化があって、戻 れるか不安だったけど、温かいメンバーたちに会い全く不安は 消えていた。 増えた体重を馬に詫びながら乗せてもらった。道産子のミノ。会メンバーや居合わせたＮ獣医師にアドバイスをもらいながら感覚をつかむ。最高に心地よい気分。（よしよしいい子だいい子だ、こんど描いてやるからな）写真はこの春のミフ。ミノや最近のほかの馬達の写真も無い！ほんとにご無沙汰してしまった。連日の遠方への出張伐採も区切りがつき、雨天でもあって平日休みの一日小旅行。ずっと再訪したかった信州の無言館への「お参り」。絵が大好きで、描き続けたかったけど、戦争に行き、帰れなかった画学生や若い絵描きの作品を展示する美術館。大学時代から、何度も足を運んでいるけれど、今回は、6年ぶりにもなるだろうか。初めて訪れた時は彼らと同年くらいに感じていたけれど、今回気づいたら、大概追い越していた。みんな若かった。もう何度も観て、親しみさえ覚えはじめている絵たち。その残された彼らの筆致を肌に感じながら、今好きな絵を思う存分描ける自分の身を思い、「がんばろ」と静かに思うのだ。すぐ近くにも別所温泉という名湯があるのだが、そこへは寄らず、もうひとつ、ずっと再訪したかった長野原町の川原湯温泉までロングドライブした。この温泉街は、数年後八ッ場（やんば）ダムに沈む予定。草津の上がり湯としても有名で、歴史も古い、ここのお湯は豊富で、新鮮で、優しくて大好きだ。いまどきこんな巨大ダムなんて、ひどく馬鹿げた、もったいない話しでなんとかならないかと、すぐに思うけど、この計画には長い経緯があって、ダム反対！と簡単に言えない根深い問題がある。そこには日本の行政のいかにも非人間的な巧妙な怖ろしい仕組みが、どういう風に住民や地域や国土をぼろぼろに虐げてきたかという、典型がある。ここに必要なのは反対運動ではなく、「癒し」だと言う人もいる。今日も付け替え道路の巨大な橋梁や大規模な代替地の工事がどんどん進んでいる。何が出来るのかわからないけれど、自分の関わる社会なのだから、少なくとも知っておいたほうが良いことだと思う。自分のためにも、一緒に考えなければいけないと思う。100年後、後悔しないために。しかしとにかく、いいお湯で、じっくりと味わう価値がある。温泉どころ群馬の中でも、自慢できる名湯だと思う。公共施設の源泉に温泉卵を仕込んで、公衆浴場王湯に入った。上がってみると先週来酷使してきた体の疲れがすっきりと消えていた。ただし卵は少し長湯しすぎて普通のゆで卵になっていた。。。やんばダムを考える会http://www.yamba-net.org/今日はこれから馬会議。台風の雨が気になる。</description>
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<category>馬</category>
<pubDate>Fri, 19 Sep 2008 16:09:46 +0900</pubDate>

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<title>きこりに復帰</title>
<description>一昨日、4ヶ月ぶりにきこりに復帰した。まだまだ蒸し暑くて、滝の汗。身体は動いてくれたけど、やはりさすがにくたびれた。でも心は軽い。身体の方も一週間もすれば慣れるだろうが、それまでは、調子を見極めながら、怪我しないようにやるのみ。　バー先端が壊れた。リベットが飛んで板がめくれている。同じことが前にもあり、二度目だ。スプロケットへの注油やバーの掃除はしているので、どうも解せない故障なのだが、いずれにしても先端交換式になっているバーが最近は多いので、こんど使ってみようと思う。農機具屋で聞いてみたら、チェーンオイルにハスク純正ではなく、スチールの生分解を使っていることに原因があるのでは、と。ハスク代理店の人としては当然の言葉だろうけど・・・。新品の15インチバーをつけた346ＸＰ。</description>
<link>http://wakayamataku.gunmablog.net/e20563.html</link>
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<category>きこり</category>
<pubDate>Sun, 07 Sep 2008 08:47:43 +0900</pubDate>

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<title>数寄和大津常設展</title>
<description>９月８日から、９月２７日までは、数寄和大津　常設展。１１時～１８時 定休日火曜日http://www.sukiwa.net/otsu/otsubbs/news/2008/090501/index.htmlぼくのカラスの絵も展示してくださいます。お近くの方。通りすがりでお時間のある方。ぜひお立ち寄り下さい。大津、そして琵琶湖周辺は特に派手さは無く、しみじみと優しい土地柄で好ましい。たぶん湖のせいなんだろうなと思う。今度はいつ行けるかな。そういえば、明日9月8日の上毛新聞「旬の人」に載るって聞いてます。群馬の方、読んでください！（8日夜　追記）↑掲載日が先に延びたそうです。夕方仕事から帰り、夕方新聞チェックしようかなと思ってた時、電話で聞きました。楽しみにしてくださったり記事を探してくださった方、ごめんなさい。</description>
<link>http://wakayamataku.gunmablog.net/e20508.html</link>
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<category>展覧会</category>
<pubDate>Sun, 07 Sep 2008 07:48:27 +0900</pubDate>

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<title>今夏個展最終日</title>
<description>昨日で、高崎、西荻、大津と二ヶ月に渡る個展巡業が終わった。一昨日昼、京都着。京都国立近代美術館で下村良之助展、京都市動物園で念願のペンギンを観察・スケッチし、夕方大津のギャラリーへ。ちょうど朗読家の女性、馬場さんとそのお嬢さんにお会いすることができた。馬場さんのブログhttp://hitoha.blog.eonet.jp/夕食は数寄和のＡ氏と串カツと生ビール。最高。今回の展覧会についての話しで盛り上がり、非常に楽しかったが、あまり内容は覚えていない。昨日最終日は、早起きして琵琶湖岸から瀬田川沿いに画帖片手に散策。唐橋東詰めでおいしいコーヒーと朝食をいただき、建部さんにお参り。展覧会のお礼ときこり復帰後の作業の安全祈願（建部大社の三本杉マークから先年ぼくは勝手にきこりの守護神にと決めて信仰している）。神領交差点の角で、瀬田名物の田螺飴を群馬へのお土産用に買い込み、いざお向かいのギャラリーへ「出勤」。昼に特別出品でギャラリートークの相方を務めてくれ、今回非常にお世話になった山下さん来訪。最後はたくさんの方が来て下さった。兄のご縁でご家族で来て下さった男性。カラスに詳しい高校生のお嬢さんや、感動し会期中何度も足を運んでくれたという若い絵描き。やはり再来の男性でブログに記事を書いてくれた方。それぞれが下さった言葉や、この出会いを、ほんとうにありがたく思う・・・。長い夏が終わり、余韻に浸りながら（浸りすぎてぼ～っとしてて、京都に行く電車をホームであれよというまに逃がしていた。とほほ。すぐに後発があって大丈夫だったけど）そして今朝、夜行バスで高崎に帰ってきたところだ。コンラート・ローレンツにカラスについてよく書かれている物があると、数寄和のスタッフＭさんが教えてくれた。『ソロモンの指輪』というタイトルですぐに見つけることが出来、早速アマゾンで注文した。</description>
<link>http://wakayamataku.gunmablog.net/e20099.html</link>
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<category>展覧会</category>
<pubDate>Mon, 01 Sep 2008 08:29:24 +0900</pubDate>

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<title>ギャラリートークの後</title>
<description>展覧会初日のギャラリートークについて。作品を特別出品してくださり、また今回ギャラリートークの相方でもあった山下和也さんがすでにブログに報告されている。http://blog.goo.ne.jp/kazuyajack/数寄和大津のブログも関連記事を載せてくださっているhttp://www.sukiwa.net/otsu/index.html　　自分は話し下手でどうなることかと思っていたけれど、山下さんがうまく話の舵を取ってくれた。10年ぶりの再会。かつても、こんなふうに二人で何か絵についてのことを一緒に考えて、話しをしたような気がする。そしてそのときも、脱線したり土壺にはまりがちなぼくに対してそれをしっかりと受け止めて、なおかつ話しが続くようにうまく流してくれたような気がする。そこに甘えて図に乗って山下さんを困らせたこともあったような気がする。かつても今も・・・。不思議な気分だ。客観的な報告はぼくには出来ない。ただ、特に心に残っていることを記しておきたい。ぼくは自分の作品二点を挙げて、自分の制作に引き寄せて、「よい絵」とは何かを、考えた末、結局わからないのだけど、どういうふうにわからないのかということを、述べたつもりだ。曖昧模糊としたぼくに対し、山下さんは具体的にいくつかの作品例を挙げてそれぞれについて、はっきりと良い点を述べ上げた。「よい絵とは」という漠然としたテーマながら、それぞれに違った自分の色合いの話しをして、近づいたり離れたりするなかで、見えていない漠然としたものを、自分のなかになんとなく浮かび上げることができたような気がする。山下さんは模写を長年取り組まれてきてその作品も模写の流れの上にある（とぼくは受け取っている）作家である。模写の考え方に以前から興味を深くしていたぼくの、今回何か新しい発見をしたいという期待は、しかし心地よく裏切られた。山下さんの模写に関する作品紹介や派生して語られる言葉からは、意外にも、新たな発見というものではなく、自分が考えていたことをはっきりとさせてくれたり、補強をしてくれるのだった。そのほうが自分が欲していたものだったかもしれない。（だからぼくは相槌ばかり。自分は全くギャラリートーク向きではないなあ、と思うのだ）技法的な要素（紙、絵の具の使い方、特に保存という意識、筆遣い、描線）定型、題詠などの模写にまつわる態度、姿勢の要素（近代のオリジナリティ信仰によって、否定されてしまったこうした大切な要素を、山下さんは直感的に取り戻し自分のものにしていると、ぼくは感じた）絵の内容、絵の心のこと（エッセンスということばで語られていた）作品を見るときの態度、深く読み取るということ（作者の真意や、細かい心持ち、作品自体が経てきた時間やそこに絡む人々の思い、そういうものを、じっくりと時間をかけて感じ、読み解かなければわからないような作品がある。またそういう深い見方に耐えうるような作品がある。瞬間的に消費されていくような浅薄なものは作品とは言えない）　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　◇ギャラリートークの後、船幸祭のお神輿や花火を見て、お酒（山下さんの差し入れてくださった「やたがらす」！純米酒や日本画家のＮさんの差し入れでなんとこれまた「やたがらす」のトマトの酒？などなど）を頂き、近江の鯖寿司を頂き、再びギャラリートークや絵にまつわる会話などをみなさんと交わした。ただ、非常に情けないことに、ひさしぶりに普段使わない頭を使ったためか最後には頭痛がしてくるのだった。　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　◇マツタケさんという近江を拠点に活躍するピアニストの方と知り合いになった。数寄和さんのご縁に感謝したい。別れ際にＣＤを頂いた。「una corda」というオリジナル曲の演奏集だ。慎み深い優しい音色と彼の人物像とが重なり、「ああ、近江の人の音だな」と思う。マツタケダイスケさんのブログhttp://jiri2.jugem.jp/ピアニストの友人には深水郁さんがいる。両者は全然違う音だけど、どこか似ているといえば似ている。深水さんはまるで彼女の音楽そのままのような絵を描くけれど、マツタケさんは絵を描いたらどんな絵になるのだろうか。　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　◇翌日からは解放感に心も軽く、琵琶湖岸をスケッチしたりして廻ったのでした。　　</description>
<link>http://wakayamataku.gunmablog.net/e19120.html</link>
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<category>展覧会</category>
<pubDate>Wed, 20 Aug 2008 10:15:13 +0900</pubDate>

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<title>大津巡業へ向けて</title>
<description>  2008年8月17日より31日まで、滋賀県大津市のギャラリー「数寄和大津」にて個展。 ・17日午後一時半よりギャラリートーク「若山卓×山下和也」 ・参考出品　山下和也「普賢新生菩薩」 ＤＭより～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～若山 卓「 像（かたち） 」 岩手に祈りの対象として残る「破損仏」。 それらは朽ちてなお、人体像として充実した形態あるいは濃厚なリアリティ を見せている。 あたかも肉がそぎ落とされて、その強烈な魂だけが残り、 露出しているようである。 （作者談） 杉板に墨、岩絵具、木炭を用いて制作した大作をぜひご高覧下さい。 ■　数寄和大津 2008.8.17（日）－ 8.31（日） 11:00－18:00　　火休 滋賀県大津市神領3-2-1 077-547-3209 http://www.sukiwa.net/otsu ～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～ 数寄和大津は瀬田の唐橋の東詰め直近。 ここにおいしいかき氷屋さんがあります。かき氷にはあまり興味なかったのですが、昨夏食べて、かき氷とはこんなにおいしい食べ物であったか！と驚いたのを思い出します。楽しみ。17日は町内の建部大社「船幸祭」の日です。大神輿が神社からギャラリーの前を通り唐橋の袂から御座船に載って、かがり火のたかれる瀬田川を下り、南郷の御旅所まで往復約8キロの船渡御を行います。瀬田川から打ち上がる花火が夜空を彩る下、帰ってくる御座船や大神輿も美しく見事です。 昔から見たらずいぶん変わってしまったとも聞きますが、空騒ぎな感じでもなく、かといって重過ぎず、どこかやさしさと落ち着きのある近江らしい雰囲気が好ましいお祭りだと思います。 大津は高崎、西荻窪、に次いで、今夏の個展最終地です。 ぼくの展示作品の内容は高崎からほとんど変わらず、売れた作品や最新作（現在制作中。まだ出来ない。やばい）がほんの数点入れ替わるだけですが、今回は山下和也さんという関西の若手作家の方に特別出品していただきます。 山下さんは、去年の数寄和大津でぼくのカラス3点を見てくださっているそうです。そしてかつて（10年前の夏）に予備校の夏期講習会を受けに関西から来た高校生の彼は、当時東京で浪人していたぼくの下宿に一晩泊まったことがあるという、まさに奇跡の再会なのです。 ぼくはその件については完全に忘却しており、失礼ながら半信半疑だったのですが、先日山下さんと電話でお話して、彼の声や関西弁を聞いてから、あの浪人時代の夏のことをじわじわと思い出しています。 泊めた晩のことや彼との会話などはやはり全く覚えていないけど、そういう人物が夏期講習会に来ていたことはうっすら思い出したのでした。 そしてそれほど、彼に関する記憶があいまいなのは、自分が、たぶん「それどころではなかった」のだということ、いわゆる青春時代らしい人には言えないようないろんなことがあったのだと思い出し、少し納得するのです。（ただ単に酔っ払って泊めたことを忘れているという説も有り） 山下さんは模写や古典技法に造詣が深いとのことで、それもぼくにはとても興味深いことで、その作品とともにお話しする機会（初日ギャラリートーク）をとても楽しみにしています。 山下さんと話すことは楽しみなんですけど、ギャラリートークという半ば公式な場でうまくしゃべれる自信が全く無くて非常に気が重いところですが。 まあ、とにかく、腹を括って行って参ります！ </description>
<link>http://wakayamataku.gunmablog.net/e18644.html</link>
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<category>展覧会</category>
<pubDate>Tue, 12 Aug 2008 19:32:44 +0900</pubDate>

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<title>西荻巡業最終日</title>
<description>「板絵　雀蛤」 友人のアダムにもらった板を使っている。 カラス以外の鳥も、という要望で最近は雀を描く。雀もかわいい。 窓の外に餌台を置いて、観察に励んでいる。彼らはものすごく臆 病で用心深く、なおかつものすごく獰猛で喧嘩っ早い情熱家だ。 彼らに比べたらカラスは冷静沈着、温厚な賢者のようだ。 本日西荻の数寄和、個展最終日。 お昼くらいから在廊予定。 ギャラリー向かいにHUGEヒュージといううまいカレー屋があって ここのところ数寄和に行く日は必ずそこで昼を食べている。 どこか地味で目立つところは無いけれど、「そこにうまいカレー さえあればもうそれでいいではないか」というような、なんとも 言葉を必要としないような、力のあるカレーである。 ご飯の量や辛さをお好みで調整してくれるのもうれしい。激辛に したい。食後にお好みでコーヒーなど付けてくれるのもうれしい。 レギュラー・ホットをブラックで飲みたい。 さて今日は何カレーを食おうか。 山では、、法久ではカレーを食べているだろうか。法久のカレーも うまいんだよなあ。インド風で。ビールが合う。みんな真っ黒に日焼けして楽しく働いてるかなあ。あるいは音遊びかなあ。</description>
<link>http://wakayamataku.gunmablog.net/e17350.html</link>
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<category>展覧会</category>
<pubDate>Thu, 31 Jul 2008 08:27:55 +0900</pubDate>

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<title>『北極カラスの物語』</title>
<description>『北極カラスの物語』 講談社文庫C.W. ニコル, 森 洋子訳 を読んだ。 カラス、キツネ、オオカミ、北極圏に生きる動物達が、それぞれにそれぞれの言葉で物語る。 生きている彼ら動物達が自分の口を以って語る点は、佐藤幸子『ジーンとともに』や、あるいは中勘助『鳥の物語』を思わせる、ぼくの好きなスタイルだ。 しかしここでのそれぞれは、同じ季節同じ瞬間に生きており、互いを目撃し、関係を結び、時には両者が一つの体となる（食う食われる）こともあるから、全体が一つの大きな物語になっている点は大きな違いだ。 冒険と空腹の後に来るラストの饗宴、そしてエンディングに読者の想像を掻き立てるような希望を含んだ別れが用意されるという、これも古典的な物語の一定型を思わせる。この古典的定型のその起源は、おそらく子どもの頃に誰もが過ごしたようなある楽しい一日の流れにあるから、かつて子どもだった人のみんなが、いつでも懐かしく感じる普遍的な魅力があるのだろう。 あるいはもっと深いところに眠る、原始時代の人類の記憶であろうか。 物語全体を一つにまとめようとしているような（「まとめている」のではなく「まとめようとしている」かんじなのだ）語り部的な存在である老ガラスの語り口も、どこかおかしみがあり、好感にあふれる。 屈託無く、生き生きと己を生きている彼らが物語る言葉は、無駄が無く、いつも輝かしくいつも愛すべきものに思えた。自分も生ける物としてこうありたいな、と思う。 そして一方、頭のなかだけの思想、正しいか正しくないかなどという学校的な価値観や人間社会の倫理観がいかにくだらない無味乾燥なものかと、顧みるのだ。 食うということ、命を食らいその力を得て自分の命をつなぐという至極真っ当な感覚も忘れたくないと思う。 ぼくがこうしたレビューを書く本には、これまで義姉の薦めで読んだものが多いけれど、この本も同じくである。 Ｃ.Ｗ.ニコルの本はもともと好きだけど、その中でも一番好きな作品になった。 （もちろん「カラスの出てくる本」ということが外せないポイントであったことは言うまでも無い。カラスを扱う物語としても最も好ましい作品の一つになった）（ミクシィのレビューに同じ）</description>
<link>http://wakayamataku.gunmablog.net/e17189.html</link>
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<category>本を読む</category>
<pubDate>Mon, 28 Jul 2008 12:12:01 +0900</pubDate>

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<title>展覧会「像（かたち）」について</title>
<description>展覧会ご案内場所は東京の西荻窪です。詳しくは数寄和ホームページをご覧下さい。2004年修了制作「像（かたち）」9点連作のうち5点を展示させていただきます。 （大津での展示内容については未定ですが、また改めてご報告します）～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～ 若山 卓「 像（かたち） 」 岩手に祈りの対象として残る「破損仏」。 それらは朽ちてなお、人体像として充実した形態あるいは 濃厚なリアリティを見せている。 あたかも肉がそぎ落とされて、 その強烈な魂だけが残り、露出しているようである。 （作者談） 杉板に墨、岩絵具、木炭を用いて制作した大作をぜひご高覧下さい。 ■　数寄和 2008.7.19（土）－ 7.31（木） 11:00－19:00　　日休 作家在廊7･19、26、31 東京都杉並区西荻北3-42-17 03-3390-1155 www.sukiwa.net ■　数寄和大津 2008.8.17（日）－ 8.31（日） 11:00－18:00　　火休 作家在廊日8･17、18、31 滋賀県大津市神領3-2-1 077-547-3209 www.sukiwa.net/otsu ～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～ 数寄和ホームページ http://www.sukiwa.net/ 「像（形）」武蔵野美術大学ホームページより http://www.musabi.ac.jp/library/muse/tenrankai/kikaku/2004/2004sotu/depart/in-jp.html 展覧会「像（かたち）」に向けての雑文　　　抄 　修了制作　「　　　像　　　（かたち）　」　について 　2003年7月初旬、岩手の浄法寺、成島毘沙門堂、鞍迫観音堂、東楽寺、松川二十五菩薩堂などを取材。 当地には平安時代後期華やかな仏教文化が花開き、多くの優れた木像が残されたが、私が注目したのはいわゆる破損仏である。いつの時代かの繁栄の後、廃寺となり、忘れ去られ風雨にさらされるままになった仏像、また明治の廃仏毀釈で焼かれ黒い炭の塊となった仏像たちが、当地にはいまも祈りの対象として多く残されている。 　顔が顔とはわからぬほどに焼かれたもの、手足のないトルソ、腰から下のみの塊。しかし、それらは朽ちてなお、人体像として充実した形態、あるいは、濃厚なリアリティを見せつけている。あたかも、肉がそぎ落とされてその強烈な魂だけが残り、露出しているようでもある。 　本作品は私がこれまで取り組んできた絵画による人体表現の一つのまとめに、これらの破損仏を人体像と捉え描く試みである。9点それぞれに元になる仏像はあるが、作品はあくまでも人体像として私が捉えなおしたものとなっている。 サイズ　　：縦約210㌢×横約110㌢、厚さ約10㌢、9点の変形画面 支持体　　:杉板（西多摩郡日の出町 下野博栄氏） 使用画材：三千本膠、鹿膠、画用木炭、銅粉、墨、胡粉、岩絵の具、水干 展示　　　：2004年1月30、31、2月1、2日（武蔵野美大修了制作展） 　　　　　同年2月21～26日（東京都美術館五美大展、「像」9点のうち２点のみ展示） 同年4月（武蔵野美大修了制作選抜展、美術資料図書館展示室） 　当地は今年、地震の被災地となってしまった。 当時フィールドワークで突然訪ねていった一美術学生の自分を快く お世話してくださった土地の方々のことを思い出し、心を痛めている。 　　　　　　　　　　　　　　　　　　　2008年7月　　若山　卓 （無題） 「像」連作はもう4年前の作品で当時学内の展示でご覧になられた方も多い作品です。 自分のなかでも“昔の作品”という気持ちがありますが、やはり思い入れの深い代表作でもあり、このたび紹介してくださることになりました。 この4年間、三度ほど公募展への出品や、数寄和の企画展のための小品、水彩の新聞挿絵などはありますが、作品数も少なく、一方で絵描きとは極端に程遠い仕事である森林組合の仕事（きこり）に身を入れてきました。 しかし、この木に関わる仕事は、“朽ちた木像の美に触れそれを杉板に描いた”「像」の時から、意外に近くつながってると思っています。 様々な人との出会いも含めて自分にとってはしぜんな成り行きだったと思っています。 木に描くこと。鳥やカラスとの出会い。樹木という大きな命と向かい合うこと。植物や虫という 小さな命を感じること。それらはそれぞれが唐突にはじまったわけではなく、つながっているのです。たぶん・・・。 （無題） 高崎高島屋では4年ぶりに「像」連作を展示させていただいた。大学外でははじめての発表だった。 絵画というものは観る者一人一人が自分の目で、過去の経験や記憶を通してしか、結局は観られないのだと思う。 だから今回高崎の展示での人々それぞれの反応はそれぞれが全く違うので自分の作品の在り方を考える上でよい勉強になったと感じている。 思いがけなかったけれど、非常につらい反応があった。その直後あらためて独り展示会場の真ん中に立ち「像」と対峙しながら、少しの間涙が止まらなかった。 具体的には今は述べることができない。今は胸に秘めて、よく考えたいと思っている。 作品とは何なのか。こういうものを作り出すということは、どういうことなのか。自分とは。 こうした根源的な命題にはほとんど答えなど見つからないのだけど、しかし、自問しなければいけない時なのだと思っている。</description>
<link>http://wakayamataku.gunmablog.net/e16525.html</link>
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<category>展覧会</category>
<pubDate>Thu, 17 Jul 2008 07:47:46 +0900</pubDate>

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<title>「自然の中の形」　若山　卓　　日本画展</title>
<description>地域新聞の知人Ｓ氏が、現在高島屋5階アートギャラリーにて開催中の私の個展に足を運んでくださり、会話の中で、このブログを紹介してくださった。それで、早速登録した次第。ブログは具合を見ながら試していきたい。～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～「自然の中の形」若山　卓　日本画展会期 ： 平成20年7月9日（水）～ 7月15日（火）会場 ： 高崎高島屋5階アートギャラリー営業時間 ： 午前10時～午後7時　土日祝午後7時30分まで　　　　　最終日は午後2時に閉会させていただきます。植物の葉の形、枝々が空に描く形、朽ち果て本質へ帰ろうとする形、霧の中に現れてまた消えて行く山の形・・・。深く見つめ、制作した作品の数々をぜひご高覧下さい。～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～数寄和ホームページ作家紹介［　絵画について、「像（かたち）」について、略歴　］http://www.sukiwa.net/artworks/news/2006/wakayama.html「像（形）」武蔵野美術大学ホームページよりhttp://www.musabi.ac.jp/library/muse/tenrankai/kikaku/2004/2004sotu/depart/in-jp.html</description>
<link>http://wakayamataku.gunmablog.net/e16116.html</link>
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<category>展覧会</category>
<pubDate>Fri, 11 Jul 2008 02:45:39 +0900</pubDate>

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